売却決済後の「引渡猶予」とは?
POST:

不動産売買では、一般的に「残代金の支払い」「所有権移転登記」「鍵の引渡し」を同じ日に行います。
つまり買主が売買代金を全額支払い、売主から買主へ所有権を移転し、その場で鍵を渡して物件を引き渡す、という流れです。
法務省の民法改正時の資料でも、不動産売買の実務では、所有権移転と代金支払いについて同じ時期を設定し、司法書士が登記手続きの準備を確認したうえで代金を支払う流れが一般的であることが示されています。
しかし、居住中の自宅を売却して新しい住宅へ住み替える場合などには、
「売却代金は先に受け取りたいが、引越しは数日後にしたい」
というケースがあります。
このような場合に利用されることがあるのが、**「引渡猶予(ひきわたしゆうよ)」**です。
引渡猶予を理解するときに最も重要なのは、
「所有権が買主へ移転する日」と「実際に建物を明け渡す日」を分ける特約である
という点です。
■引渡猶予とは?
引渡猶予とは、残代金決済と所有権移転を先に行い、その後一定期間だけ、売主が物件の使用を継続することについて買主の承諾を得る取り決めです。
例えば、
・10月1日 売却物件の残代金決済
・10月1日 所有権を買主へ移転
・10月1日 売主が売却代金を受領
・10月2日 売主が購入先の住宅を決済
・10月3日 引越し
・10月4日 買主へ鍵を引渡し
という流れです。
10月1日の時点で登記上の所有者は買主へ変わっています。
しかし、10月4日までは売主が建物を使用しています。
この10月1日から10月4日までの期間が、いわゆる「引渡猶予期間」です。
なお、引渡猶予は法律上当然に認められる制度ではありません。
売主と買主が合意し、売買契約書の特約等によって条件を明確にして初めて成立する実務上の取り決めです。
そのため、売主が一方的に「決済後も数日住ませてほしい」と要求できるものではありません。
■なぜ決済後も売主が住む必要があるのか?
引渡猶予が利用される代表的な場面が「買い替え」です。
例えば現在の自宅を4,000万円で売却し、新しい住宅を5,000万円で購入するとします。
売主が現在の住宅に住宅ローンを残している場合、
現在の住宅を売却
↓
売却代金を受領
↓
住宅ローンを完済
↓
抵当権を抹消
↓
新居の購入代金を支払う
という資金の流れになることがあります。
この場合、売却物件を先に完全に明け渡してしまうと、新居を取得するまでの数日間、ホテルや短期賃貸住宅などの仮住まいが必要になることがあります。
さらに、
旧居から仮住まい
↓
仮住まいから新居
と、引越しが2回になってしまいます。
引渡猶予を設定できれば、
旧居の売却決済
↓
新居の購入決済
↓
旧居から新居へ直接引越し
という流れにできるため、住み替えが非常にスムーズになります。
■「売買代金を全部払ったのに、買主が家を使えない」という特殊な状態
引渡猶予で注意しなければならないのは、買主側から見ると、
「売買代金を全額支払い、自分名義に登記までしたにもかかわらず、まだ自由に使用できない」
という状態になることです。
これは通常の不動産売買とは異なる状態です。
そのため、引渡猶予を設けるのであれば、
「何日まで売主が使用できるのか」
という期限だけでは不十分です。
決済から実際の引渡しまでの間に起きる可能性のある問題について、契約書で整理しておく必要があります。
■重要①「いつまで」ではなく、日時まで明確にする
例えば、
「決済後1週間程度、引渡しを猶予する」
という記載では曖昧です。
できれば、
「令和○年○月○日午後5時までに、本物件を完全に明け渡し、すべての鍵を買主へ引き渡す」
など、期限を明確にします。
不動産売買では数日の違いでも、
・買主の引越し
・リフォーム工事
・賃貸住宅の解約
・住宅ローン
・火災保険
・管理費等
に影響する可能性があります。
したがって引渡猶予期間は、できるだけ短く、終期を明確に定めることが基本です。
■重要② 引渡猶予期間中に建物が損傷したら誰が負担するのか?
ここが引渡猶予で特に重要な部分です。
例えば決済翌日に、
・売主が水を出したまま外出して漏水した
・家具を搬出するときに床や壁を破損した
・火災が発生した
・台風で建物が損傷した
・給湯器が故障した
といったことが発生する可能性があります。
この時点では所有権はすでに買主へ移転している一方、実際には売主が建物を使用しています。
民法567条では、売買目的物について「引渡し」が行われた後に当事者双方の責任ではない理由で滅失・損傷した場合の危険移転について規定されています。全日本不動産協会の解説でも、2020年施行の改正民法では「引渡し」が危険移転を考える重要な基準になっていることが説明されています。
引渡猶予では、
所有権移転日と実際の引渡日が異なります。
そのため、
「決済が終わったから、その後の事故はすべて買主負担」
などと単純に考えるのは危険です。
猶予期間中に売主の責任で建物や設備を損傷した場合の修復義務や、火災・地震・台風など双方の責任ではない事故が発生した場合の取扱いを、特約でできるだけ明確にしておくことが重要です。
■重要③ 火災保険の空白期間を作らない
引渡猶予では火災保険にも注意が必要です。
通常の売買であれば、
売主の火災保険終了
↓
買主の火災保険開始
を決済・引渡日に合わせやすくなります。
ところが引渡猶予では、
所有権移転:10月1日
実際の引渡し:10月4日
というように日付が分かれます。
売主が加入していた火災保険が所有権移転後もそのまま同条件で補償されるとは限りません。
一方、買主はまだ建物を使用していなくても、10月1日から所有者になります。
したがって、
・売主側保険をいつまで有効にするか
・買主側保険をいつから開始するか
・引渡猶予中の事故がどちらの保険で補償されるか
について、保険会社や代理店へ事前確認することが大切です。
「数日だから大丈夫だろう」という考え方は避けた方が安全です。
■重要④ 固定資産税・管理費・修繕積立金はどの日まで売主負担?
マンションでは特に注意が必要です。
決済日に所有権は買主へ移っていますが、売主が数日間使用する場合、
・管理費
・修繕積立金
・駐車場使用料
・駐輪場使用料
・固定資産税等
・水道光熱費
をどちらが負担するのか整理しておく必要があります。
例えば、
「固定資産税等は決済日で精算する」
一方、
「管理費・修繕積立金相当額は実際の引渡日まで売主負担とする」
という設計も考えられます。
どの費用をどちらが負担するかについて全国一律の決まりがあるわけではなく、契約条件として整理することが重要です。
■重要⑤ 売主が予定日に退去できなかった場合
引渡猶予の最大のトラブルは、
約束した日に売主が退去できないこと
です。
例えば売主の購入する新築住宅について、
「完成予定が1週間遅れた」
「購入先の決済が延期になった」
「引越業者を確保できなかった」
という事情が発生することがあります。
しかし、それは基本的には売主側の事情です。
買主には、
・賃貸住宅の退去期限
・引越業者の予約
・リフォーム工事
・子どもの入学や転校
・買主自身の旧宅売却
などの予定があります。
そのため、
「新居への引越しができなかった場合には引渡猶予も自動延長する」
というような条件は、買主にとって非常に大きな負担になります。
引渡猶予を認めてもらうのであれば、
引渡日は原則として確定日とし、売主側で万一の代替策まで検討しておくこと
が重要です。
■重要⑥ 明渡しが遅れた場合の損害も考えておく
例えば買主が10月5日に引っ越す予定なのに、売主が10月4日に退去しなかった場合、
・買主のホテル代
・引越業者のキャンセル料
・荷物保管料
・賃貸住宅の延長費用
・リフォーム業者の延期費用
などが発生する可能性があります。
そのため実務では、
「期限までに引渡しができなかった場合の取扱い」
についても、事前に明確化しておいた方が安全です。
ただし、違約金や使用損害金の設定方法によって法律関係が変わる可能性もあるため、案件ごとに契約書を精査する必要があります。
■重要⑦ 買主の住宅ローン金融機関にも事前確認が必要
引渡猶予について売主と買主が合意していても、それだけで終わりではありません。
買主が住宅ローンを利用する場合、金融機関によっては、
「融資実行日に買主が物件の引渡しを受けない」
という条件について確認が必要になることがあります。
特に自己居住用住宅ローンでは、購入物件を本人が居住することを前提としている商品が多いため、
・引渡猶予があること
・猶予期間が何日か
・実際の入居予定日
について、売買契約前または融資実行前に金融機関へ確認しておくことが重要です。
契約後になって金融機関から「その条件では融資できない」と言われると、取引全体に影響する可能性があります。
■鍵はいつ渡すのか?
引渡猶予期間中は、基本的に売主が生活しています。
そのため通常は、実際の明渡し日に、
・玄関鍵
・勝手口鍵
・オートロック鍵
・宅配ボックス用キー
・駐車場リモコン
・トランクルーム鍵
などをまとめて買主へ引き渡します。
ただし、所有権そのものはすでに買主へ移っています。
したがって「所有者は買主、占有・使用は売主」という通常とは異なる状態になるため、鍵の保管方法や使用権限も明確にしておくことが望ましいでしょう。
■引渡し前に現地確認を行う
引渡猶予を設定した場合には、実際の引渡日に改めて現地確認を行うことをおすすめします。
確認する内容は、
・売主の荷物がすべて搬出されているか
・残置物がないか
・搬出時に建物を損傷していないか
・設備表記載の設備が残っているか
・エアコンや照明などの取扱いが契約どおりか
・鍵がすべて揃っているか
などです。
特に大型家具や冷蔵庫などを搬出すると、契約時には見えなかった床や壁の状態が確認できることがあります。
決済時だけでなく、実際の引渡時の物件状態を確認することが重要です。
■引渡猶予は売主に便利だが、買主の協力によって成り立つ
引渡猶予は、買い替えを行う売主にとって非常に便利な方法です。
仮住まいを避けられたり、引越しを1回で済ませられたりする大きなメリットがあります。
一方、買主から見れば、
「代金を全額支払っているのに、自分の家をまだ使えない」
という条件です。
そのため引渡猶予は、売主の当然の権利ではありません。
買主に対して、
・なぜ引渡猶予が必要なのか
・何日必要なのか
・その間の事故はどうするのか
・費用負担をどうするのか
・必ず期限までに退去できるのか
をきちんと説明したうえで、納得してもらう必要があります。
■引渡猶予の特約で確認したい項目
実務では、少なくとも次の項目を整理しておくことをおすすめします。
①残代金決済日
②所有権移転日
③実際の引渡日時
④猶予期間中の使用条件
⑤使用料を有償とするか無償とするか
⑥管理費・修繕積立金等の負担
⑦水道・電気・ガス等の負担
⑧火災・漏水・破損等が起きた場合の責任
⑨火災保険等の取扱い
⑩売主が期限までに明け渡せない場合の取扱い
⑪鍵の引渡方法
⑫引渡時の現地確認方法
単に、
「決済後7日間、引渡しを猶予する」
という一文だけでは、十分とはいえないケースがあります。
■まとめ
売却決済後の「引渡猶予」とは、売買代金の決済と所有権移転を先に行い、実際の物件の明渡しだけを数日後などに設定する契約上の取り決めです。
特に、自宅を売却した資金を使って新居を購入する「買い替え」では有効な方法です。
ただし、
「売主がまだ住んでいるのに、所有者はすでに買主」
という特殊な状態が生じます。
そのため、通常の売買以上に、
・引渡期限
・建物や設備の損傷
・火災等の危険負担
・火災保険
・管理費等
・鍵
・明渡遅延
について細かく決めておく必要があります。
引渡猶予は便利な仕組みですが、契約条件が曖昧なまま利用すると、売主・買主双方に大きなトラブルが生じる可能性があります。
株式会社cocoro不動産では、売却だけではなく、買い替えに伴う売却・購入・住宅ローン・引渡し時期まで含めて全体のスケジュールを確認しながらご提案しています。
八王子市で現在のお住まいを売却して住み替えをご検討の場合も、お気軽にご相談ください。
★無料相談受付中|丁寧にご説明します!
大手の様な機械的な対応ではなく、お一人お一人に寄り添った提案を親身にさせて頂きます。
お気軽にお問い合わせください!
★その他売却についてのよくあるご質問
★株式会社cocoro不動産のGoogle口コミはこちら
実際にご相談いただいたお客様の声は、Google口コミでもご確認いただけます。
🔗 Google口コミを確認する
★監修者

★柴田祐介(しばた ゆうすけ)1981年生まれ。
大手不動産会社にて八王子・町田・新百合ヶ丘など多摩地区を中心に約17年間、不動産売買仲介業務に従事。
土地・戸建・マンションの売買だけでなく、建物・建築に関する知識を活かし、不動産を多角的に調査したうえで売却方法をご提案しています。
宅地建物取引士、二級建築士、2級FP技能士、相続アドバイザー二級、秘書検定2級、既存住宅状況調査技術者